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■2010/03/14 (日)
眠る音楽、目覚める音楽 Mr.ホワイト |
目覚まし時計のあのクソいまいましい音が嫌いで、
毎朝、コンポにタイマーをかけて音楽で起きている。
6時50分になるとカチッと電源が入る音がして(これで起きることもある)、
あらかじめコンポに入れておいたCDの1曲目が流れる。
このときの選曲が非常に難しい。
寝覚めをいかに自然なものにするか。これはきわめて重要な問題だ。
目覚ましなので起きられるような賑やかさは必要だ。
一方で無理矢理起こされるような音楽は寝覚めが悪い。
辺見庸が『自動起床装置』という小説で書いているように、
「眠る」ことは「起きていない」ことでは決してない。
つまり「起きる」ことはオフからオンへの切り替えではなく、
人間の生物としてのある状態から別の状態への移行なのである。
本来、寝覚めは私たちの生物的本能にかかわることなのだ。
目覚める音楽は、ゆっくりと、静かに始まる必要がある。
そして同時に、清らかなにぎやかしさをもつ必要がある。
僕の目覚まし音楽は、数年前からずっと変わっていない。
スーパー・ファーリー・アニマルズ『リングス・アラウンド・ザ・ワールド』。
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そうやって起きて、通勤電車に乗って僕は一瞬で眠りに落ちる。
眠るとき、僕は必ずiPodで音楽を聴きながら眠る。
電車の音は意外にうるさいということもあるが、それよりも、
ある種の音楽はそれを聞くことで本当に気持ちよく眠ることができる。
僕を心地よく眠らせる音楽は、大抵はささやくように歌っている。
ボブ・ディラン『フリー・ホイーリン・ボブ・ディラン』、
ザ・ビートルズ『ホワイト・アルバム』、BECK『ミューテイションズ』。
*
電車が終点大阪駅に着いて、僕の頭はようやく動き出す。
まずは駅から会社まで、あるいはお客さんのところまで、気分良く歩こう。
行進曲なんてものがあるくらいだ。歩くのに適した音楽がある。
それはつまり、自分が足を出すリズムと一致するリズムの音楽。
いや、より正確には、自分が足を出すリズムよりほんの少し早いリズムの音楽。
歩くのが遅い僕の場合、行進曲のリズムもやはり他人より遅めなんだろうか。
くるり「水中モーター」、カサビアン「エンパイア」。
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音楽を聴いて、起きたり、寝たり、歩いたりする。
そうやっているうちに気がつけば死んでしまうんだろう。
自分の葬式で流してほしい音楽。
ミスター・チルドレン『深海』。
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■2010/03/13 (土)
「少年易老」と「保健」を読んで by Mr.M |
■2008/08/18 (月) 少年易老 byたりき
■2008/11/26 (水) 保健 by DENCH
僕の右ひざにはちょっとした傷跡があり、それは何度も何度も転んだ結果できたものです。
つまり、何度も同じような転び方をしていたわけで、昔から学習能力が無かったんだなあとしみじみ思います。
最後にそういう転び方をしたのはいつだったかなと思い返してみると、記憶が曖昧になります。
その一方で、いま同じような転び方をしたらひどいダメージを受けるだろうなと考えたりします。
もちろん転んで痛いのは子供も同じでしょうが、しかし何といっても体重が違いますからね。
すっかりメタボラーの仲間入りを果たしたこの体でまともに転んだら、ただでは済みません。
けれども幸いなことに、まともに転ぶ経験が最近ではめっきり減りました。
もちろん躓くことはあるし、頭や小指をぶつける頻度はむしろ上がっているのですが、正面から転ぶことは減りました。
これは言うまでもなく、走る頻度が減ったからでしょう。とっさに体勢を立て直す余裕があるわけです。
誰しも子供の頃はむやみと走り回り、躓いては転びの繰り返しだったのではないでしょうか。
高いところから飛び降りても足の裏がじーんと痺れるくらいなものでした。
今なら例え足首を捻挫しなくとも、ヒザがおかしくなること請け合いです。
何が変わったのかというと身長と体重ですが、それに伴って大地との、あるいは重力との関係も変わったわけです。表現がおかしいかも知れませんが。
僕らは体重が体型との関係の中に置かれている、ということにはとても敏感ですが、一方で重力との関係には注意を払ってこなかったのでしょうか。
いや、正確にはそれも違うでしょう。
大人になるにつれ、目の前に木があれば有無を言わさず登ろうとするような子供っぽさは消えていきます。
僕らはそうと強く意識しないまま、重力との付き合い方を変えていたのではないでしょうか。
重力との関係が変わっていくことに気付かなかったのではなく、むしろ自分がそれに対応してきたことに気付いてこなかったのかも知れません。
僕らはもう、頭や小指で済むくらい安全に行動するようになったのです。
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■2010/03/11 (木)
結果発表!! A.ハッガリーニ |
A.ハッガリーニです。
遅くなって申し訳ありません。
2月はバレンタインの流れが少しあった以外はよく言えば平穏、あっさり、悪く言えば停滞、もっさりとした月でした。
派手な動きはないのですが、目を凝らすとほら、そこここに素敵な文章がありますよ。
それでは各賞発表をいたします。
今月も21名もの方から投票を頂きました!
短い投票期間で投票をして下さりまことにまことにありがとうございます。
まずは最優秀作品から。
今月は21名の方からの23票の投票を頂きました。
12作品に票が入った混戦の2月を制したのは4票を獲得したこの作品たちです!!
「プリミエール編集部にて」 NIKE
「コーナーポストを巡る攻防」 がりは
前者は登場キャラクターのキャラが生き生きとした快作、月末投稿でダメを押しました。
後者はもっともプロレスらしい動きについての考察ですが、2作セットなのに月をまたいでいる稀有な作品です。
殿堂入りおめでとう!お二人さん!!
続いてMVPを発表いたします。
こちらは圧勝でした。
がりは!!
一番書いた男です。
崩壊寸前のローテを守ったがりは。
バラエティに富んだ作品を次々に産みました。
願い事をどうぞ、がりは。
投票全結果は画面左側の「PREMIERの宝箱」の中に大切にしまってあります。
是非のぞいてみてくださいね。
ちなみに表の中で黄色の部分はレギュラー陣の投票です。
今月のアンケートの結果も実に興味深いです。
ありがとうございます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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■2010/03/10 (水)
サウナキング〜第22幕〜 がりは |
「余計なこと言うんじゃねえよ。」
赤鬼の声のトーンが少し下がった。
トン。
「さあ、おもしろい戦いを見せとくれ。DENCHさん、あんたまだおもちゃを隠してるんだろ?」
「ねえよ。何にもねえ。正直、このまま帰って眠りたいくらいだ。」
「できもしないくせに。さあ上がんなさい。」
「さっきから何仕切ってんだ!俺とこいつが戦うんだよ。ちびさんは黙っててくれよ!」
「戦いを仕切るのは上の段の仕事だろうが。寝言は寝て言いな。次逆らったら達磨だよ?」
「てめえ、さっさとあがれよ!」
パイナップルは俺に向いて言った。
「なんか、さっきまでの余裕がどっか行っちまってるけど、大丈夫か?」
「うるせえよ。いきなりぶん殴って終わりにしてもいいんだぞ。ルールに護られてるような場所じゃねえんだよここは!」
ぼたっぼたっとパイナップル男の顎から赤黒いものが滴る。
それをぬぐいもしないで睨みつけてくる。
「何で勝負しようかね。」
小人がゆっくりと舐めまわすようにいった。
「氷でいくかい。随分汚れちまってるようだしな。」
氷・・・。
サウナでのいわば場外乱闘的な形式である。
十八の時に一度戦ったことがある。
至ってシンプルな戦いで、水風呂に大量の氷を浮かべて入り、長く浸かっていた方が勝ち。
ただし気を失ったら負けなので、それを審判が確認するルールは地方によって違う。
普通の水風呂は15度から20度程度だが、それだと気持ちがいいだけになってしまうので氷を入れるようになったのだろう。
「用意しな!」
音もなく顔の無い男どもがサウナの外に出ていく。
パイナップルは微動だにせず俺をにらみつけている。
俺は座った。
膝をこぶし二つ分開けて、背筋を伸ばして座る。
膝から3cmのところにタオルをかける。
これは師匠から習ったことだ。
氷で敗れた俺を引き上げてくれた師匠。
全国のサウナを二人で廻った師匠。
今はどこに行ったかわからない師匠。
師匠、俺どうしたらいいんですか。
生きて出られるとは思えないんですが。
師匠は無口な人だった。
ほとんどしゃべらず、相手の言うとおりに戦って負けなかった。
弟子の俺にもほとんど口を開くことはなかった。
「ああ。」と「え。」くらいしか話さず、意思は肯きと首を傾げることで示した。
どすん、ゴン、ゴン、バタン、と音がした。
パイナップルが段を転げ落ちたのだ。
「じじい!何をしやがった・・・・。」
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■2010/03/08 (月)
将棋部昔話〜その2〜 がりは |
オータラカという先輩がいて、非常に将棋が好きな先輩であった。
誰よりも部室にいて、後輩に胸を貸してくださった。
挑戦されたら受けて立つという姿勢(断っているのを見たことがない。)、じゃんけんではグーしか出さないという姿勢(これも他の拳を出しているのは一回見ただけ。)、終盤になると赤鬼のようになって盤をにらむ姿勢(これは毎度。)、どれをとってもストロングスタイルの体現者であった。
オータラカには伝説があった。
将棋年鑑をくまなく並べただけでなく、投了図からの詰みをくまなく検証したというのだ。
事実かどうかは確かめていない。
他の先輩から聞いただけなのだが、納得できるだけのものがオータラカにはあった。
オータラカは詰将棋を解くのが得意であった。
いつか書くことになる「ファンタ族」の一員で、日がな一日詰め将棋を解いていることもあった。
将棋も終盤型なのだが、部内戦などでは寄るか寄らないかの場面では寄せに行かない人だった。
俺は彼の終盤の強さも、10秒将棋ではハッタリまがいの怪しい寄せをしてくるのも知っていたので、オータラカが敗れた将棋が終わった後、
「こんなん待っててもつぶれるねんから、適当に寄せに行って脅かしたらいいじゃないですか。」
と聞いたことがある。
オータラカ答えて曰く
「そんなんして、負けるのは怖いやん。」。
部内戦はレギュラーを決める試合で、現役部員にとっては非常に重たい試合であったが、オータラカはもう院生で現役生を鍛えるためにリーグに参加して頂いている、ある意味ではプレッシャーなく指せる立場だったのである。
なにが怖いのかは聞かなかった。
一局一局に対して負けず嫌いなのか、と俺はその時思っていたのだけれど、本当にそれだけだったのだろうか。
詰みを読み切ってないのに適当に寄せに行くような、そんな不真面目なことをして、自分よりも大きな存在に怒られるのが怖かったのだろうか。
別の機会にオータラカに聞いたことがある。
「試合の時に心がけていることはありますか?」
「別にないけど・・・相手が息を吐いた瞬間に指すことくらいかなあ。」
めちゃめちゃ心がけてるやないですか!とは言わなかったが、これがきっかけとなって俺はプレッシャーのかかる場面でも力を発揮できるようになったのである。
これを読んでいる緊張しいのみんなも相手の呼吸をじっと見ていると妙に緊張が抜けると思うのでお試しあれ。
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■2010/03/07 (日)
MVPのお願いを代読 A.ハッガリーニ |
A.ハッガリーニです。
こんばんは。
みなさんの投票が届くたびに胸が高鳴ります。
ありがとうございます。
投票がまだの方はお早めにお願いいたします。
このたびは結果発表の前にMr.ホワイトからの伝言を伝えに参りました。
Mr.ホワイトは一月度のMVPですのでお願いの権利があります。
それでは発表します。
Mr.ホワイトからのお願い
「『幼年時代』をテーマに1本書いてくれ」
です。
意図などに対する説明はないので、幼年時代についてであればなんでも良いと思われます。
私などは幼年時代についての記憶がほとんどないのですが、この機会にアルバムなどをめくってみようかと思います。
また、12月のMVPであるがりはの
「PREMIERのレギュラー陣は3月末までに『乗っかり』もしくは『要望にこたえる』形で作品を一つ以上書いてください。」
という要望についても、まだのメンバーは対応をしてください。
読者の皆様におかれましては、プリミエールのメンバーがどのような制約下で文章を刻んでいるのかを楽しんでいただくのもまた一興かと思いますので、どうぞお試しあれ。
今後とも雑兵日記PREMIERをどうぞよろしくお願いいたします。
「もう、卒業だな。」
わかりきったことをあいつは言う。
もう何回目かわからない。
学園祭が終った十一月頃から言い始めて四カ月、あいつのこの言葉とともに卒業の実感が増してきた気もする。
『ああ、卒業だな。』
「お前はいつもそう言うな。」
『お前こそいつもそう言ってるじゃないか。』
ここまではそれこそいつもの手順である。
いつもの手順、いつもの屋上、いつもの夕焼けだ。
俺たちはもうすぐ卒業する。
「俺、お前に貸してたものあったよな。」
あいつとは「お前の物は俺の物、俺の物も俺の物」というジャイアニズムを共有していたので、あいつの買ったスラムダンク全31巻は俺が持っているし、俺の買ったピンポン愛蔵版全5巻はあいつが持っている。
他にもミスチル好きだったあいつのミスチルのCDは俺が全部持っていて、俺が好きだったサザンは全部あいつんちにある。
カラオケに行けば俺がミスチルを、あいつがサザンを歌う。
好きな女の子について話していると、あいつの好きだった女の子を俺が好きになってしまい、俺の好きだった女の子をあいつが好きになってしまう。
だから、貸してたもの、などと改めて聞かれると何を答えていいものやら全くわからない。
思えば今着ている学ランもあいつの物だった気がする。
ちょっと待て、俺が今朝朝食を食べたのはあいつの家ではなかったか。
そもそもうちには朝食を食べる文化が無かったぞ。
背筋を何かが走り抜ける。
『俺もお前に貸してたものあったよな。』
精一杯笑いながら俺も言う。
「どうするよ、俺たちもう卒業だ。」
『ああ、卒業だな。て言うよ。』
「お前はいつもそう言うな、て俺も言うよな。」
『お前こそいつもそう言ってるじゃないか、て俺も返すよ。』
「そんなもの返してほしいんじゃないんだよ。」
『お前が何を返してほしいのかはわからねえけど、それは返せねえぞ、多分。』
「どうしてもか?」
『多分、な。』
夕陽が沈む東京湾を見ているあいつの表情が急に見えなくなった。
タンカーが沖をのんびり進む。
止まっているようにしか見えない。
かといって目を離すと随分進んでいたりするのだ。
「わかった。返さなくていいよ。俺も返さないから。」
『ああ、そうしよう。』
「代わりに俺のいうこと一つ聞いてくれよ。」
『仕方ないな。聞くだけ聞いてやるよ』
おいお前ら!雑兵日記PREMIERの投票終わったのか!!
いつものように先生の声がして、俺たちは別々の方向に逃げだした。
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■2010/03/06 (土)
僕はもう天才じゃない…1997年まで ハッタリスト |
「僕が小学生の時、理科のテストで『地球が回っている』と書いたら、バツだか三角だかがついて返ってきました。『地球から見ると、太陽が動いている』とのこと。
その先生に深い考えがあったのかどうかは分かりませんが、今になって考えてみるとなかなか意味深な答えではあります。」
これは、僕が雑兵日記で書いた
■2004/09/26 (日) コペルニクスにお願い
からの引用です。
僕が初めて「物理学」のようなものを意識したのはこの時だったのではなかろうか、という気がします。
そのためか、そのためではないかはともかく、僕は今でも天動説と地動説の話が好きで、「コペルニクスにお願い」の補足として
■2004/10/03 (日) ニュートンにもお願い
を、また、雑兵日記PREMIERでも
■2007/10/22 (月) 太陽
を書きました。
きっかけは忘れましたが、中学生になった僕は「Newton」という科学雑誌を読みふけるようになりました。
自然科学のみならず、考古学や医学など多岐にわたる分野の最前線について、専門知識のない人にもわかりやすく解説する良い雑誌です。興味のある方にはぜひともご一読をお薦めします。
僕にとってはその雑誌の中でも主に物理学が興味の中心であり、「物理学」という言葉を知り、物理学者という職業を初めて意識しました。
当時の僕を知る人なら、「将来の夢は天才物理学者である」と僕が語っていたことを記憶しているかもしれません。
同じく中学生のとき、「おまえは天才だ」という文字列を何度もくり返して紙にびっしり印刷して、それをお守りにして持っていたことがあります。
悲壮な決意があったわけでもなく、単に幼かっただけです。
たしか卒業後にそれは捨ててしまったはずですが、僕をそのような行動に走らせたコンプレックスは、
■2009/01/29 (木) お前らにオレ様のコンプレックスを教えてやる
で書いたように、今でも僕の中に残っています。
そのようにして中学生の時代を終えました。
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■2010/03/05 (金)
もやしを焦がして、いとくちをし ミスターピンク |
さあ、燃えろ、燃えろ、炎よ燃えろ。
すべてを焼き尽くしてしまえ、ゲヘヘヘヘヘ。
あら?
いつからそこに、いらしたんですか?
おほほ、イヤですわ。
何も隠し事なんてしていませんことよ。
ただちょっと、季節はずれの花火を楽しんでいただけでございますわ。
みなさま、おこんばんは。
ミスターピンクでございます。
古来、火を道具として扱うという能力が、人を人たる生物として永らえさせてきました。
燃え盛る炎を見て、恐ろしい、だけではなくて、美しいと思えることは、人間だけに与えられた特別な感覚なんです。
火遊びをするとおねしょをするぞ、なんて怒られたことはありませんか?
子供心にも火がアブナイものだってことは分かっているけれど、でもやめられない。
だって、火遊びは楽しくって、火がすべてを呑み込んでいくのが気持ちよくって、そしてなにより火は美しいから。
最近じゃあオール電化なんていって、ガスコンロさえない家も増えてきているのかもしれませんが、でもガスの炎は眺めていてもじっとして動かないから、あんまりおもしろくないですよね。
青白い飼い慣らされた火ではなくって、赤く黄色く炎を上げて、白や黒の煙を吹き上げて、大きく小さく形を変える、それが炎の美しさというものです。
子供だって大人だって、美しい炎を見るのは好きでしょ?
だから、キャンプファイヤーなんてものがあって、いろんなお祭りで火を使って、オリンピックでも聖火を掲げて走るんです。
色とりどりの花火や、炎を上げない炭火もとっても綺麗で、いかに古くから人間が火と付き合ってきたか、その技術を見ていると想像してしまうのです。
炭火、といえばバーベキューもいいですねえ。
このあいだ、ずいぶんと久方ぶりに石焼き芋の屋台を見かけてしまって。
ついつい買ってしまったんですよ。
ああ。
こんなにおいしいものがこの世にあるなんて。
これも人類が昔から炎を使ってきたことへのご褒美のひとつかしら?
私たちの子供たちにも、焚き火で焼き芋を焼いたりする楽しさを伝えてあげたいですね。
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■2010/03/03 (水)
コーナーポストを巡る攻防(その2) がりは |
前回の続き:プロレスのコーナーからの攻撃が説得力を持つにはどうしたらよいか。
1.「あの技を食らったら立てないよな。」と観客に想像させる
2.避けられないほどのダメージを与えておく
3.避けられないほど速く(早く)飛ぶ
1は技が当たった時の説得力。
2と3は技が決まる必然性。
まず1について。
「あれだけはマジ勘弁。」と技を受ける側が考えている、ということが観客に伝わっていることはとても大切なことだと思う。
往々にして我々の想像力はどこかに出かけてしまって、肝心な時に役に立たない。
100kgの人が2mの高さから降ってくることの恐ろしさを忘れ、「あ、飛んどる。」などと何の感動もなく見過ごしてしまう。
そんな我々の間の悪い、もしくはシャイな想像力をサポートするべく、受ける側が序盤の跳躍を必死にかわしたり、膝で迎撃したり、飛べないように足を攻めたりすることが必要だ。
あいつがそこまでして避けていたんだから、すごい破壊力なんだろうな、と思わせる。
2については勝敗はほぼ決していて、最後に儀式として飛ぶ、という感じ。
遺恨試合で相手がグロッキーなのに無理矢理引きずり起こして攻撃したりするが、その延長。
今フォールしても勝てるくらいの相手に技をかけているんだから決まるでしょうという説得。
これをやるにはそこまでしなくてはならないストーリー(メロスばりに激怒している感じの。)が観客に伝わってい必要がある。
無ければただのいじめだ。
3については避けようと思っても避けられない、という感じである。
息が止まるようなボディスラムを決めて動きを止めたり、相手をうつ伏せにするなどしてコーナーを死角にして飛ぶのをカモフラージュしたりする。
そしてコーナーまでダッシュして、コーナーポスト上で狙いを定め、バッと飛んでもらいたい。
すごいエアを決めながら。
レスラーはコーナーに上るのに時間がかかってしまうケースが多く、それが説得力を失う原因になっていると思う。
寝転がっていた相手が起きあがり、コーナーにいる相手に飛びかかっていくというムーブもよく見られるが、あれはプロレスの恥部だと思う。
なぜならば、プロレスラーがもみあって場外に転落しているのを見たことがないからだ。
必ずリングの中に落ちる。
後から登って行った奴がどんと突き出せば外に落ちるだろうに。
今後、プロレスを見る時にはコーナーポストを巡る攻防に注目すると一味違った観戦ができると思います。
お試しあれ。
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