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■2010/01/23 (土)
お人形と見る暗黒アニメ劇場 |
現在個展の準備中で、アトリエは人形屋敷になっています。
今回、パラボリカ・ビスとuplink factoryとの「モンスター&フリークス」テーマの連動企画で、一日限りの「お人形と見る暗黒アニメ劇場」というのを個展会期中に、uplinkでやることになりました。
客席にお人形が沢山いる中で、人形アニメーションの映画を見よう、という企画です。
人形アニメーションは、かつて私が作った作品です。
実は、作家になることを意識していなかった頃から、「耳の生えた人面ウサギ」とか、「足がいっぱいある虫君」というお人形を作っていて、それを動かしたりしていました。
2月は、パラボリカでもイベントが多く、忙しくなりそうなのですが、それでも2月の上映の話を引き受けたのは、これが私が大学の卒業制作でやりたかったことだからです。
大学時代は、結局出来ずに諦め、大学卒業時から2倍の年齢になりました。
大学時代、卒業制作のプレゼンで、「お人形が沢山の中で自分のアニメを上映したい」という鳥肌が立つような空間、というのを発表したかったのですが、それは言えば「やりなさい」ということになり、それには時間も足りず、完成出来ないと卒業出来なくなる、というのは分かっていたので、企画として出さなかったのです。
多分、映像を見ながら、自分の周りの観客がお人形、という空間に置かれ、周囲と感情を分かち会えないなんとも不安で落ち着かない状態で、人間が出てこない映像の情報を与えられる、というこの上なく閉鎖的な、パニック的な環境を作ってみたかったのだと思います。
私にとって、「やりたいこと」というのは「バケツプリンを食べること」みたいなもので、「他人には迷惑かかるものでもないから自分の気が済むまで思いっきりやればいい」ことなのですが、「バケツプリンを食べること」なら、
自分で作れば一日でも成し遂げられる夢だと思うのです。
それが、私の「やりたいこと」は20年近くくすぶり続けたままで、自分としては忘れかけたものだったのですが、今回はその機会が満を持して与えられたのだと思っています。
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■2010/01/01 (金)
2010年になりました。 |
新しい年になりました。
現在、私は2月の展示に向けての準備中です。
こちらの準備も迫ってきたので、手が抜けないところですが、今年は教室10年目の節目の年なので、去年教室展をやったところですが、何か出来ないかなあ、と企画を温めています。
この10年、教室を通じて、多くの生徒さんと知り合え、本当に多くのことを学びました。
まだまだ自分の目標に届かないところもありますが、10年間に、人形を作り続けることで得られた出会いは、私の財産だと思っています。
これからも作品を通じて、出会った人たちと、これからの出会いをもっともっと大切にして行ければと願っています。
また、10年前、「絵画専門で展示台が無いからギャラリーは貸せません」とか、メジャーな雑誌関係には人形を掲載してもらえなかった時期から、人形に対する理解や興味は大きく変わりました。
10年前にはなかなか理解や共感が得られなかった表現や展示が可能になりました。
これは、人形を作る人にとっては恵まれていることだと思います。
今年も多くのことを学びながら、更にお人形の表現の可能性を試し、人形に興味を持ってくれる人が増えると良いなと思います。
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■2009/12/22 (火)
今年ももうすぐ終わりですね。 |
今年もあと10日を切りました。
今日は、Angel Dolls恒例の双子展、ヴァニラ画廊の森馨人形個展、西武デパートの萩尾望都原画展で恋月姫さんのお人形を見てきました。
私が高校を卒業したばかりの頃、九州の天草という島から出てきて、東京の情報量の多さに圧倒されました。
多くのギャラリー、美術館での展示、地方では売られていない本、地方では上映されない映画、、。
その頃、アートEXPOというイベントが国際展示場かどこかで開催され、映像学科に入学する前に、絵画の学科を目指していた私は、一堂に美術品が集まると知ってその展示を見に行きました。
時はバブルの頃でもあり、会場いっぱいにピカソ、草間弥生、アンディー・ウォーホルその他有名作家の作品などが雑然と並べられ、平気で一億という値段がついていました。
多くの作品を見ているうちに、感動とか作品の値段の基準とか全く分からなくなり、結局信じられるのは、それらに接して自分が好きだ、とか、心引かれてゆっくり見てしまう、とか、そういう感覚だけだと思うようになりました。
映像学科だったため、上京して最初の一年は課題で100本以上の映画を見たのですが、映画に関しても同じです。
多くの雑誌に紹介され、面白い話題作と書かれていても、実際見ると面白くないものもあれば、全く知られていないような地味な映画でも、記憶や心に残るものもあります。
情報の遮断されていた地方から上京して、一度に多くの作品に接して、どれが良い、悪いというのは評論とか情報は頼りに出来なくて、自分の心だけが頼りだなあ、と思うようになりました。
それは、今でも変わりません。そして、私自身、「評論家の人が褒めてくれたから良い」という作品ではなく、「私のことを知らない人でも初めて見て好きになってくれる作品」というものをずっと目指してきました。
私が上京してから時間が経ち、今はインターネットで、更に多くの情報が手に入りやすくなりました。そして、実物を見たことが無くても「知っている」「見たことがある」というものがずっと多くなりました。
ですが、自分が時間をかけて、長い時間手を動かして作品を形にする以上、やはり手に取ったり、見るたびに何かを感じたり、そばに長く置いて愛してもらえるような、そんな作品をこれからも作って行きたいなあと思っています。
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■2009/12/08 (火)
今日から「だあしぇんか」にて個展 |
昨日の朝、愛知での上映から帰って来ました。
寺嶋真里さんの「アリスの落ちた穴の中」、想像以上の作品に仕上がっていました!そしてお客さんもとても沢山来ていただきました。
寺嶋さんと私の出会いは、もともと私が学生だった頃、イメージフォーラムフェスティバルで大賞を取られた寺嶋さんを舞台の下から見てた、もう18年ほど前のことになります。
それからもずっと、寺嶋さんは私にとって「舞台の上の人」であり、実際にお会いしてお知り合いになったのは5年ほど前のことです。
そして、寺嶋さんがここまで作品を仕上げるまでの逆風を考えると、映画を見ながら泣きそうになってしまいました。
また、愛知では、来年の個展について、写真家の中村僑氏と、Rose de rfeficle guigglesのメンバーと打ち合わせをしてきました。
愛知に出発前の土曜日には、パラボリカ・ビスで開催中の、ビジュアルクリエイター二階健氏の写真展のオープニングパーティーに行ってきました。
今回は「夜想 モンスター&フリークス」に掲載中の作家さんが数人いらっしゃっており、今回ブルーノ・シュルツ原作の書き下ろし漫画を掲載している西岡兄弟さんにも初めてお会いしました。
噂には聞いていましたが、妹さんとお兄さんというユニットで、本当のご兄弟だそうです。
二階さんの展示は本当に素敵なので、興味のある方には是非実際に足を運んで欲しいです。
二階氏の写真集で、ところどころにエキゾチックなうさぎのお面が出てくるのにとても気になっていたのですが、それがパラボリカ二階のカフェスペースにあり、どこで買ったのか尋ねたら、バリ島なのだそうです。
ゴステイストの写真作品の中で、ヨーロッパの香りでもないオーラを放っているので、いろいろお話を聞いていたら、ボディパペットということで二階さんご自身の半身を使ってウサギが動く様子を実演して下さって、それがなんともインパクト大でした。
そんなわけで、この土・日は、いろんなアーティストの方と交流することが出来、私にとってとても贅沢な時間を過ごすことが出来ました。
映画の方は、来年2月の個展で、東京上映が実現しそうです。
今年も12月になりました。
この秋はポーランドでの展示、とアリス展の準備に力を入れていたのですが、結局ポーランドの展示の予定が定まらないうちに、来年の個展のスケジュールが迫ってきたため、今回は海外に行くスケジュールは断念することにしました。
そして、先月23日に展示を終えたばかりですが、次は12月8日からチェコカフェ「だあしぇんか」にてプチ個展、そして、2010年2月13日からまたパラボリカで個展です。
パラボリカに来ていただいた方には分かると思いますが、普通のギャラリーに比べると1階、2階とスペースがあり、かなり広いです。
今週末から二階健さんの写真展が始まりますが、1階・2階と、倉庫まで展示スペースに使うというプランだそうで、とても力の入った展示になりそうです。
同じスペースでも、展示物が不足するとやはり寂しい印象になってしまうので、なるだけ楽しく、盛りだくさんな内容にしたいと思っていますが、実質あと3ヶ月も無いので、なるだけ制作に時間を割くようにしています。
時間は限られているのですが、実は今回の展示は、私としてはもう10年以上前からイメージを暖めていた企画です。
その時は、作りたいものも、展示出来る環境も、それを形にするのに必要な知識も、自分のイメージももやもやしていましたし、何より自分の技術がなんとも追いつかないという状況でした。
それでも、手が付けられないイメージを、この10年以上前からたまにスケッチを繰り返したりしていて、やっと自分のイメージと、それを表現する技術や手段が見えてきたかな、というところです。
作りたいものが、以前に比べてずっとはっきりしてきました。
今までは漠然と「いつかやれるといいなあ」と考えていた展示ですが、今回がその機会なのだなあと思います。
今回、会期中いくつかイベントを予定していますが、もう素晴らしいゲストも決まっています。
後は私のお人形が、どれだけ楽しく見てもらえるものに出来るか、全ては私の頑張り次第です、、、。
ポーランドのお人形の先が見えてきたところで、今度は予定の先が見えなくなってきました!
それはさておき、実は12月にあるシークレット展示の予定が入ったりもしていて、予定によっては日本でしっかり人形を作るか、とも検討中です。
私がNHK関連のアニメーション会社で「みんなの歌」などのアニメーションを作っていた頃。
よく絵コンテ・原画担当の社長と、動画担当の私だけがセットで泊まり作業、ということが良くあり、デジタル担当の他の社員帰ったあとで、朝4時ごろまで机に残っていたものです。
その時、社長が話してくれた話というのはその後の私の人生にとってかけがえの無い時間になりました。
私の拙い絵を3回ほど泣きながら描き直しさせられることもあったのですが、あの時理由も分からず投げ出しそうになる私に、慰めるような言葉はかけず、「汚いからやり直し!」と何度も言ってくれたこと。
これをやらなければ、社長はもっと睡眠時間が取れたはず。それを敢えて私に繰り返したのは、社長が心を込めて描いた原画が、私のいい加減な気持ち次第で作品に生かされなくなるからです。
その頃の社長の気持ちが、今になって、何度も思い返されるのです。
他に聞いた話。
エリートばかりであるNHKに打ち合わせに行って、あまりに絵コンテの内容が伝わらないために、NHKのフロアの絨毯の上に腹ばいになって、オットセイの真似をして、絵コンテに出てくるオットセイの面白い動きを伝えた、という話を聞きました。
その時は、「なぜそこまでやるんだろう?」という社長の真意まで理解出来なかったのですが、今やっと、それが分かるようになって来ました。
「なんでこいつら絵コンテ分かってくれないんだ」とキレても仕方が無いのです。
自分とは感性や環境を共有できない人たちには、言葉以外の相手に分かる方法で伝えなければ、自分の表現したいものをTVで流す、という目的が達成出来ないのです。
子供の頃、転校ばかりで方言や教科書の違う学校に行っては人見知りしていた自分ですが、今は、自分でも不思議なぐらい、人見知りをしなくなりました。
日本だけでなく海外も含め、言葉、作品、その他何らかの可能な方法で、相手を理解したい、相手に自分の真意を伝えたい、と思うのです。
海外での人形展示、ということで、最近私のスケジュールが2転3転しています。
そのため、教室のお休みもまだはっきりと決められずにいるのですが、その内情を少々。
まず、人形作品の美術輸送費がかなりの金額であるということ。
そのため、もともと展示の話を持ちかけてくれた、ポーランドの主催者側も、全額負担はとても出来ないので、ポーランドの国の芸術振興基金に、もう一度掛け合ってみる、という話が出てきたことです。
美術輸送の中でも、人形は特に梱包が難しいこともあり、それだけ保険の金額も大きくなります。
次に、どうやらポーランドには日本のような球体関節人形を制作している土壌が無く、現地側で梱包・セッティングを頼める人が見つからないらしい、、ということなのです。
これらの問題点が浮上するたびに、展示の会期がずれ込んでいるのです。
創作人形を見たことが無い人たちに見てもらう、、という大きな意義があり、しかも参加作家さんたちも日本を代表する作家さんばかりなのですが、日本での展示に慣れたその状況で、そのまま異国で見てもらえる、というのは考えが大いに甘いということなのでしょう。
日本の作家さんたちが自信をもって作品を発表し、その作品の質や内容に触れて、日本と同じように感じてもらう、、ということを実現するためには、自宅で人形を一人で作るという作業ばかりでなく、完璧な輸送、完璧なセッティング、完璧な展示、という、他の人の手にゆだねられなければいけない部分が多々あります。
現在の日本では、「お人形を送れば展示してもらえるから会場に居なくても良い」という状況に、かなり近くなってきています。そのぐらい、日本では安心して表現できるし、展示して見て貰う事も出来ます。
ですが、自分の作品を自分のメッセージどおり他人に伝えるというのは、もともと困難や誤解が付きまとうもので、その不便な状況は、寧ろ、日本ではもう味わえないものなのかも知れません。
そのどのぐらい不便か?ということを、肌で感じてみたい、というのが、今回のポーランド行きの私の目標です。人形を無事に海外に送ること、それが無事に戻ってくるまで、日本とポーランド双方の、正しい梱包、作品への正しい理解と知識が求められます。
私が小学校3年生だった頃。
担任の先生はM先生と言って生徒たちにとても好かれている先生でした。
小学校の横の一軒家の社宅に住んでいて、私達の同級生同士でよく遊びに行っていました。
私の比較的仲の良いグループの子達が遊びに行ったと聞いて、私も3人ぐらいで遊びに行くことになりました。
その時先生は28歳。私達は10歳の少女だったので、独身の先生の家に行きはしゃいでいました。
夕方になり、先生は私たち3人にラーメンの出前を取ってくれました。
ここで満面の笑みで、「先生有難う!おいしいです。」と言って食べるのがこの年齢の少女の自然なリアクションで、先生も喜んでくれたと思います。
ですが、私は、「困ったなあ」気持ちが重くなり、最後まで箸をつけようとせず、先生が何度も笑いながら勧めてくれたにも関わらず、とうとう麺は伸びてしまいました。後の二人は素直においしそうに食べていたのに。
なぜこんな態度を取ってしまったのか?
それにはこんな理由がありました。
私は家では、父がお小遣いをくれるのはパチンコで買った日だけでした。
そしてもらった次の日には、財布から、もらったよりも多くの金額が父から抜かれていました。パチンコですった父が無断でお金を抜いてしまうからです。
だから、私は父がパチンコで勝って笑顔で機嫌良く「今日は小遣いをあげよう」と言うのが怖かった。パチンコに負けると無くなる笑顔だったから。
そのため人の笑顔や好意を心の底から信じられず、その分多く奪われるのではないか、という警戒心を、10歳の頃持っていたのです。
そして、その理由を先生に説明する機会もありませんでした。
今となっては、先生にすごく申し訳なく、忘れることの出来ない記憶です。
そして、いまだに人におごると言われても、断ったり食べたいものではなくて一番安いものを頼んでしまいます。
父が、子供の貯金箱の底からもお金を抜く程ギャンブルにはまってしまったのは、画家になりたいと言う夢を果たせなかったからです。
挫折感を酒とギャンブルで繰り返し埋めようとしていた。
だけど、心の空洞をを埋める事は出来なかったと思います。
今、少女に接すると自分の少女時代を思い出し、大人を見ると父を思い出します。そして、やっとどちらの言い分も分かる年齢に近づいてきたのかな、と思います、、。
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■2009/10/28 (水)
私とパラボリカ・ビス |
あれはもう10年以上前のこと。
私はみんなの歌など制作するアニメの会社で働きながら、人形作家ではなく映像作家を目指していました。
でも、その頃見に行った広島アニメーションフェスティバルという国際的なアニメーション作品を作って認められる程の作品は作れず、、。
恋愛はどれもうまく行かず、、。
会社の中でも、楽しいけれどどこか自分が浮いた存在、ということを感じていました。
その頃、京都で人形を作っている青年と出会い、私はやっと理解者に出会えた気持ちで、その人に片思いをしていました。
その頃、京都に行くことになり、彼にいろいろ京都の場所を案内してもらいました。そして、確か京都の鶏文社という書店で夜想の「パペットアニメーション」という号を買いました。
それはどう頑張っても叶わない片思いということが分かっていて、京都滞在の最後に、私は一万仏のある「あだしの念仏寺」を見るつもりでいました。
ところが、そのお寺は山の上の方にあり、上る途中で閉館時間になりました。
お寺についた頃には、寺は閉まっているし、周囲のみやげ物店も全て閉まって、しかも雨が降り出しました。
私は、人気の無い真っ暗な山に迷ってしまいました。
上ってきたのとどこを間違ったのか、見知らぬ道を下ることになり、このままでは東京に帰るバスの時間までに、京都駅にたどり着けるか不安になってきました。
とにかく一目散に山を下るしかなく、雨の中傘もささずに真っ暗な竹薮の中を下っていると、突然無人のお稲荷さんが見えてきました。
人気は全く無く、祭りでもあったのか赤いちょうちんが並んで明かりがともっています。
それを見て、少し気持ちが落ち着き、更に下っていくと、タクシーなどが通っている道に出ました。
結局、お寺は見れませんでしたが、何とか帰りに間に合いそうな電車に乗れました。
恋愛も仕事もうまく行かず、しかも道に迷った自分がドジで情けなく、しょげ返って本を開いた時、編集長の今野氏が書いた文章ではありませんが、人形アニメのページに一行だけ、私の名前が作家として紹介されていたのです。
私は嬉しくて泣きました。
ドジで惨めでどうしようもない自分ですが、確かに自分の名前が書いてあったのです。
その後、今野さんと出会う機会があり、その少し後に会社をリストラされてしまったのですが、全く人生は予測不能です。
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■2009/10/18 (日)
ちょっと不機嫌な不思議の国のアリス |
いよいよ23日から三浦悦子さんと危機裸々商店さんとの展示が始まります。
今回、作り慣れない動物達ということもあり、直前まで動物達の体を作りながらも魅力的な顔が浮かばず、最後の追い込みでやっと形になってきました。
人形を作っていると、塗装に使う色数が限られてしまうのですが、動物の場合、紫、金色、など実験的な色が使えます。
今回、今までに何度もトライして、気持ちがめげてしまっていた虫君のお人形を、足掛け5年がかりでやっと完成させることが出来ました。
他にも、昨年の個展までにどうしても色のイメージがまとまらなかった鳥の人形などもあります。
今回、その準備の合間を縫って、ポーランドでのグループ展のための人形の制作(進行中)、来年の個展の打ち合わせ、ポーランドでの展示のための、ポーランド人クルーによるビデオ撮影などがありました。
基本的に、ポーランドにはこういうタイプの人形は無く、またヨーロッパの玩具美術館を巡ったときにもいわゆる「ビスクドール」は主にドイツとフランスが中心で、それ以外の国はもっと玩具っぽいものや、民芸品のようなものが一般的なのです。
今回の撮影ではルミャっク氏も交え、ポーランドでのアーティストの状況などを少し話すことが出来ました。
今回の撮影で、今回のアリス展のための新作を撮影してもらったのですが、猫・ウサギや虫と人間の中間のような人形を見て、ルミャック氏にも興味を持ってもらえたようでした。
私の中で、やはり一番印象の強いアリスは、シュワンクマイエルの映画のアリスと、イギリスのイラストレーター、アーサー・ラッカムによって描かれたアリスです。
そこでは、アリスという好奇心旺盛な少女と、個性的な動物達が対価に描かれています。猫、虫、カエル、魚、顔を持つ花、といった存在たちと、話すことが出来るのです。
猫が消えたり体が大きくなったり、ということが起きる、夢の中の世界がアリスの魅力だと思いますが、現実では起こりえない、夢の中に迷い込んでしまったような、そんな展示に出来るといいなと考えています。
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