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さるさる日記

2010/03/05 (金) 「片足のマリア」3月8日まで

 いよいよ展示も3月8日までになりました。
今回、旧作含めて40点ほど展示しています。
作品数が多くて、かえって一つ一つのお人形に込めた物語、みたいなものがアピールしにくい状態になってしまいましたが、、。
 
 今回の展示は、敢えて私達の見慣れた人がたをとらない人形を作ることで、自分達が経験したことが無い、運命や人生、というものを追体験して欲しいなあという意図があります。
 現代の日本では、「自分は恵まれていない、不幸だ」と思っていても、昔の日本や現代の外国に比べてまだまだ豊かな場合が多く、でもテレビやゲーム、漫画を読んでいる日常、の中では、なかなかその「現代日本の幸福」について実感しにくい状況だと思うのです。
 そうは言っても、本当は少し角度を変えれば見えてくるもので、、。
例えば、先日テレビで「蟹工船」の小林多喜二の人生がやっていたのですが、「社会批判の社会主義的小説」を書いて発表したというだけで、銀行員を首になり、28歳で警察に拘束され、体中ロープで締め上げられ、勿論首も絞められ、太ももは5寸釘の後が数十個ついて紫色に腫れ上がり、それでも新聞には「変死」と発表されます。
 現代の日本で、私がどんな作品を発表しても、「28歳で五寸釘とロープによる拷問死」のようなことにはなりません。でも、この日本で70年ぐらい前まではそんなことが現実にあったのです。
 私にとって今回のフリークス作品は、「たまたま足や腕が産まれた時に人と数が違っただけで、一般人とは全く違った人生を与えられた人々」であり、それを観客に客観的に見てもらうことで、自分と違う人生を想像してみて欲しい」という展示です。
 中には、「ナチスドイツで双子を使って実験を繰り返していたヨーゼフ・メンゲレによって体をくっつけられシャム双生児にされたが、母親が見るに耐えず頼んで殺させた」という実話をキャプションに書いているものもあります。(多分数が多いので見落とされてしまうと思うのですが、、。)
 なので、本当は、人形もさることながら、それぞれの人形にまつわる、物語を感じてもらいたいな、と思う展示でもあります。

2010/02/25 (木) 女優フランシス

 やっとイベントも後半を迎えつつあり、昨日ずっと前から見たかった映画を見ました。

 アメリカの戦前の女優、フランシス・ファーマーの自伝的映画、「女優フランシス」です。フランスの歌手ミレーヌ・ファルメールのセカンドネームはこの人をリスペクトしてつけたそうです。
 映画では、美人で不遜な高校時代、シアトルで「神はいない」という論文で注目され、共産党や思想的な労働運動で注目を浴び、敬虔で保守的な住民から非難されるシアトルを離れ、ハリウッドではグレース・ケリーのようなクール・ビューティーとして瞬く間にスターになり、凱旋したシアトルでは2年前と正反対の態度をとる市民に悪態をつき、、。と、成功とは裏腹に、その頭の切れの良さから関わる人を傷つけ続け、後半生の坂を転げ落ちるような不幸な人生が描かれます。
 ハリウッドの虚栄に嫌気が差し、だんだん酒の量が増え、ある日ハリウッド・セレブのパーティー帰りに酔って車を運転中、戦時で灯火管制中なので警察にライトを注意され、暴力を振るい公務執行妨害、警察で職業を「娼婦」と答え、「飲酒運転でライトをつけていた」だけなのに裁判で敗訴、裁判所で騒いだところを精神病院に収監、監禁、その後手を焼いた実母による2度の入院で、看守に一回20ドルで強姦、果ては電気ショック療法、ロボトミー手術を受け、見も心もボロボロになり、最後はおとなしい市民になり、番組の司会などして人生を終える、という内容です。
 「ハリウッド・バビロン」という本でも最も不幸な人生として書かれていますが、知的な美貌が、飲酒癖、入院を経て、見るも無残になっていく様が写真でも紹介されています。
 映画では、最終的に母との複雑な関係が描かれていますが、天賦の知性や美貌に恵まれていながら、自分の行動を客観視したり、他人との良い関係を築いていく能力が成長しない、救いの無い状況が次第にエスカレートして行きます。
 最後に、フランシスが「数奇な運命の人」として再度メディアに登場した時、「神様の恩恵で、、」という言葉が出てきます。
 ロボトミー手術で脳を施術されるまでの、終わりの無い衝動的な怒りの連鎖。それが全て自分に降りかかってしまった不幸。
 本当に悲劇的な実話です。

2010/02/15 (月) オープニングパーティーと、花代さん&点子ちゃん

 11日オープニングパーティーははっきりしないお天気の中、多くの方にお越しいただき、本当に有難うございました!

 私は実家にいた頃、8割の本棚が手塚治虫の漫画という環境で育ったのですが、会場で金髪のシックなコートの男性がいらっしゃって、「あの横顔、手塚治虫に似てるなあ」と思って見ていたら、氏のご子息の手塚真氏でした。
 その他、掲示板にも書きましたが、多くの作家の皆さまなどにお越しいただき、大盛況でした。

 花代さんは、私が大学時代、UKのMIXメディア雑誌の表紙にフーセンガムを膨らませてる芸子姿で載っていたり、「昼は芸子、夜はクラバーのバイリンガル」として紹介されていたり、90年代カルチャーの申し子として一世を風靡していたアーティストとして、私や真珠子さんの世代には大変なじみのあるアーティストさんです。
 そして、その娘さんの点子ちゃんも、花代さんの作品で赤ちゃんの頃から登場していて、くっきりしたゲルマン系の美少女で赤い着物を着た幼児の頃から写真で多く見ていたので、今回初めて直接お会いしたのですが、「初めて」という感じが全くしませんでした。
 現在13歳ということですが、日本語ぺらぺらの典型的ロリータ・美少女で、
そして花代さんも元祖不思議ちゃんという感じでした。
 花代さんとは、搬入日含めて3日ご一緒したのですが、人形とは異ジャンルのアーティストとして、多くの刺激や発見がありました。
 花代さんや点子ちゃんといると、ポカポカしたお天気の中お花畑で楽しいピクニックをしているような、そんな気分に自然となるため、点子ちゃんと話す人は終始ニコニコしてしまいます。
 表現者にとって幸せなのは、有名になることでも豊かになることでもなく、着たい物を来て、言いたいことを言って、表現したいことが実現し、それが認められて多くの友人に囲まれることで、花代さんからはそんな幸福なオーラを感じました。
 オープニング翌日は、中原昌也氏とのトークで、また彼女の広い交友関係や活動について知りましたが、ドイツに行く前は、「いいとも」でレギュラーもらったけど放送禁止用語で2回でクビになったこと、ドイツの舞台で警察犬に噛まれたことなど、表現者としてリアルな話がいろいろ聞けました。

2010/01/23 (土) お人形と見る暗黒アニメ劇場

 現在個展の準備中で、アトリエは人形屋敷になっています。
今回、パラボリカ・ビスとuplink factoryとの「モンスター&フリークス」テーマの連動企画で、一日限りの「お人形と見る暗黒アニメ劇場」というのを個展会期中に、uplinkでやることになりました。
 客席にお人形が沢山いる中で、人形アニメーションの映画を見よう、という企画です。
人形アニメーションは、かつて私が作った作品です。
実は、作家になることを意識していなかった頃から、「耳の生えた人面ウサギ」とか、「足がいっぱいある虫君」というお人形を作っていて、それを動かしたりしていました。
 2月は、パラボリカでもイベントが多く、忙しくなりそうなのですが、それでも2月の上映の話を引き受けたのは、これが私が大学の卒業制作でやりたかったことだからです。
 大学時代は、結局出来ずに諦め、大学卒業時から2倍の年齢になりました。
大学時代、卒業制作のプレゼンで、「お人形が沢山の中で自分のアニメを上映したい」という鳥肌が立つような空間、というのを発表したかったのですが、それは言えば「やりなさい」ということになり、それには時間も足りず、完成出来ないと卒業出来なくなる、というのは分かっていたので、企画として出さなかったのです。

 多分、映像を見ながら、自分の周りの観客がお人形、という空間に置かれ、周囲と感情を分かち会えないなんとも不安で落ち着かない状態で、人間が出てこない映像の情報を与えられる、というこの上なく閉鎖的な、パニック的な環境を作ってみたかったのだと思います。
 私にとって、「やりたいこと」というのは「バケツプリンを食べること」みたいなもので、「他人には迷惑かかるものでもないから自分の気が済むまで思いっきりやればいい」ことなのですが、「バケツプリンを食べること」なら、
自分で作れば一日でも成し遂げられる夢だと思うのです。
 それが、私の「やりたいこと」は20年近くくすぶり続けたままで、自分としては忘れかけたものだったのですが、今回はその機会が満を持して与えられたのだと思っています。

2010/01/01 (金) 2010年になりました。

 新しい年になりました。
 現在、私は2月の展示に向けての準備中です。

 こちらの準備も迫ってきたので、手が抜けないところですが、今年は教室10年目の節目の年なので、去年教室展をやったところですが、何か出来ないかなあ、と企画を温めています。
 この10年、教室を通じて、多くの生徒さんと知り合え、本当に多くのことを学びました。
 まだまだ自分の目標に届かないところもありますが、10年間に、人形を作り続けることで得られた出会いは、私の財産だと思っています。
 これからも作品を通じて、出会った人たちと、これからの出会いをもっともっと大切にして行ければと願っています。
 また、10年前、「絵画専門で展示台が無いからギャラリーは貸せません」とか、メジャーな雑誌関係には人形を掲載してもらえなかった時期から、人形に対する理解や興味は大きく変わりました。
 10年前にはなかなか理解や共感が得られなかった表現や展示が可能になりました。
 これは、人形を作る人にとっては恵まれていることだと思います。
 今年も多くのことを学びながら、更にお人形の表現の可能性を試し、人形に興味を持ってくれる人が増えると良いなと思います。

 

 

2009/12/22 (火) 今年ももうすぐ終わりですね。

 今年もあと10日を切りました。
今日は、Angel Dolls恒例の双子展、ヴァニラ画廊の森馨人形個展、西武デパートの萩尾望都原画展で恋月姫さんのお人形を見てきました。

 私が高校を卒業したばかりの頃、九州の天草という島から出てきて、東京の情報量の多さに圧倒されました。
 多くのギャラリー、美術館での展示、地方では売られていない本、地方では上映されない映画、、。
 その頃、アートEXPOというイベントが国際展示場かどこかで開催され、映像学科に入学する前に、絵画の学科を目指していた私は、一堂に美術品が集まると知ってその展示を見に行きました。
 時はバブルの頃でもあり、会場いっぱいにピカソ、草間弥生、アンディー・ウォーホルその他有名作家の作品などが雑然と並べられ、平気で一億という値段がついていました。
 多くの作品を見ているうちに、感動とか作品の値段の基準とか全く分からなくなり、結局信じられるのは、それらに接して自分が好きだ、とか、心引かれてゆっくり見てしまう、とか、そういう感覚だけだと思うようになりました。

 映像学科だったため、上京して最初の一年は課題で100本以上の映画を見たのですが、映画に関しても同じです。
 多くの雑誌に紹介され、面白い話題作と書かれていても、実際見ると面白くないものもあれば、全く知られていないような地味な映画でも、記憶や心に残るものもあります。
 情報の遮断されていた地方から上京して、一度に多くの作品に接して、どれが良い、悪いというのは評論とか情報は頼りに出来なくて、自分の心だけが頼りだなあ、と思うようになりました。
 
 それは、今でも変わりません。そして、私自身、「評論家の人が褒めてくれたから良い」という作品ではなく、「私のことを知らない人でも初めて見て好きになってくれる作品」というものをずっと目指してきました。
 私が上京してから時間が経ち、今はインターネットで、更に多くの情報が手に入りやすくなりました。そして、実物を見たことが無くても「知っている」「見たことがある」というものがずっと多くなりました。
 ですが、自分が時間をかけて、長い時間手を動かして作品を形にする以上、やはり手に取ったり、見るたびに何かを感じたり、そばに長く置いて愛してもらえるような、そんな作品をこれからも作って行きたいなあと思っています。

2009/12/08 (火) 今日から「だあしぇんか」にて個展

 昨日の朝、愛知での上映から帰って来ました。
寺嶋真里さんの「アリスの落ちた穴の中」、想像以上の作品に仕上がっていました!そしてお客さんもとても沢山来ていただきました。
 寺嶋さんと私の出会いは、もともと私が学生だった頃、イメージフォーラムフェスティバルで大賞を取られた寺嶋さんを舞台の下から見てた、もう18年ほど前のことになります。
 それからもずっと、寺嶋さんは私にとって「舞台の上の人」であり、実際にお会いしてお知り合いになったのは5年ほど前のことです。
 そして、寺嶋さんがここまで作品を仕上げるまでの逆風を考えると、映画を見ながら泣きそうになってしまいました。
 また、愛知では、来年の個展について、写真家の中村僑氏と、Rose de rfeficle guigglesのメンバーと打ち合わせをしてきました。
 
 愛知に出発前の土曜日には、パラボリカ・ビスで開催中の、ビジュアルクリエイター二階健氏の写真展のオープニングパーティーに行ってきました。
 今回は「夜想 モンスター&フリークス」に掲載中の作家さんが数人いらっしゃっており、今回ブルーノ・シュルツ原作の書き下ろし漫画を掲載している西岡兄弟さんにも初めてお会いしました。
 噂には聞いていましたが、妹さんとお兄さんというユニットで、本当のご兄弟だそうです。
 二階さんの展示は本当に素敵なので、興味のある方には是非実際に足を運んで欲しいです。
 二階氏の写真集で、ところどころにエキゾチックなうさぎのお面が出てくるのにとても気になっていたのですが、それがパラボリカ二階のカフェスペースにあり、どこで買ったのか尋ねたら、バリ島なのだそうです。
 ゴステイストの写真作品の中で、ヨーロッパの香りでもないオーラを放っているので、いろいろお話を聞いていたら、ボディパペットということで二階さんご自身の半身を使ってウサギが動く様子を実演して下さって、それがなんともインパクト大でした。
 そんなわけで、この土・日は、いろんなアーティストの方と交流することが出来、私にとってとても贅沢な時間を過ごすことが出来ました。
 映画の方は、来年2月の個展で、東京上映が実現しそうです。

2009/12/03 (木) 12月になり、、

 今年も12月になりました。
この秋はポーランドでの展示、とアリス展の準備に力を入れていたのですが、結局ポーランドの展示の予定が定まらないうちに、来年の個展のスケジュールが迫ってきたため、今回は海外に行くスケジュールは断念することにしました。
 そして、先月23日に展示を終えたばかりですが、次は12月8日からチェコカフェ「だあしぇんか」にてプチ個展、そして、2010年2月13日からまたパラボリカで個展です。
 パラボリカに来ていただいた方には分かると思いますが、普通のギャラリーに比べると1階、2階とスペースがあり、かなり広いです。
 今週末から二階健さんの写真展が始まりますが、1階・2階と、倉庫まで展示スペースに使うというプランだそうで、とても力の入った展示になりそうです。
 同じスペースでも、展示物が不足するとやはり寂しい印象になってしまうので、なるだけ楽しく、盛りだくさんな内容にしたいと思っていますが、実質あと3ヶ月も無いので、なるだけ制作に時間を割くようにしています。
 時間は限られているのですが、実は今回の展示は、私としてはもう10年以上前からイメージを暖めていた企画です。
 その時は、作りたいものも、展示出来る環境も、それを形にするのに必要な知識も、自分のイメージももやもやしていましたし、何より自分の技術がなんとも追いつかないという状況でした。
 それでも、手が付けられないイメージを、この10年以上前からたまにスケッチを繰り返したりしていて、やっと自分のイメージと、それを表現する技術や手段が見えてきたかな、というところです。
 作りたいものが、以前に比べてずっとはっきりしてきました。
今までは漠然と「いつかやれるといいなあ」と考えていた展示ですが、今回がその機会なのだなあと思います。
 今回、会期中いくつかイベントを予定していますが、もう素晴らしいゲストも決まっています。
 後は私のお人形が、どれだけ楽しく見てもらえるものに出来るか、全ては私の頑張り次第です、、、。

2009/11/13 (金) まだまだ、、。

 ポーランドのお人形の先が見えてきたところで、今度は予定の先が見えなくなってきました!
 それはさておき、実は12月にあるシークレット展示の予定が入ったりもしていて、予定によっては日本でしっかり人形を作るか、とも検討中です。

 私がNHK関連のアニメーション会社で「みんなの歌」などのアニメーションを作っていた頃。
 よく絵コンテ・原画担当の社長と、動画担当の私だけがセットで泊まり作業、ということが良くあり、デジタル担当の他の社員帰ったあとで、朝4時ごろまで机に残っていたものです。
 その時、社長が話してくれた話というのはその後の私の人生にとってかけがえの無い時間になりました。
 私の拙い絵を3回ほど泣きながら描き直しさせられることもあったのですが、あの時理由も分からず投げ出しそうになる私に、慰めるような言葉はかけず、「汚いからやり直し!」と何度も言ってくれたこと。
 これをやらなければ、社長はもっと睡眠時間が取れたはず。それを敢えて私に繰り返したのは、社長が心を込めて描いた原画が、私のいい加減な気持ち次第で作品に生かされなくなるからです。
 その頃の社長の気持ちが、今になって、何度も思い返されるのです。

 他に聞いた話。
 エリートばかりであるNHKに打ち合わせに行って、あまりに絵コンテの内容が伝わらないために、NHKのフロアの絨毯の上に腹ばいになって、オットセイの真似をして、絵コンテに出てくるオットセイの面白い動きを伝えた、という話を聞きました。
 その時は、「なぜそこまでやるんだろう?」という社長の真意まで理解出来なかったのですが、今やっと、それが分かるようになって来ました。
 「なんでこいつら絵コンテ分かってくれないんだ」とキレても仕方が無いのです。
 自分とは感性や環境を共有できない人たちには、言葉以外の相手に分かる方法で伝えなければ、自分の表現したいものをTVで流す、という目的が達成出来ないのです。

 子供の頃、転校ばかりで方言や教科書の違う学校に行っては人見知りしていた自分ですが、今は、自分でも不思議なぐらい、人見知りをしなくなりました。
 日本だけでなく海外も含め、言葉、作品、その他何らかの可能な方法で、相手を理解したい、相手に自分の真意を伝えたい、と思うのです。

2009/11/05 (木) もろもろ、、

 海外での人形展示、ということで、最近私のスケジュールが2転3転しています。
 そのため、教室のお休みもまだはっきりと決められずにいるのですが、その内情を少々。
 まず、人形作品の美術輸送費がかなりの金額であるということ。
そのため、もともと展示の話を持ちかけてくれた、ポーランドの主催者側も、全額負担はとても出来ないので、ポーランドの国の芸術振興基金に、もう一度掛け合ってみる、という話が出てきたことです。
 美術輸送の中でも、人形は特に梱包が難しいこともあり、それだけ保険の金額も大きくなります。
 次に、どうやらポーランドには日本のような球体関節人形を制作している土壌が無く、現地側で梱包・セッティングを頼める人が見つからないらしい、、ということなのです。
 これらの問題点が浮上するたびに、展示の会期がずれ込んでいるのです。

 創作人形を見たことが無い人たちに見てもらう、、という大きな意義があり、しかも参加作家さんたちも日本を代表する作家さんばかりなのですが、日本での展示に慣れたその状況で、そのまま異国で見てもらえる、というのは考えが大いに甘いということなのでしょう。
 日本の作家さんたちが自信をもって作品を発表し、その作品の質や内容に触れて、日本と同じように感じてもらう、、ということを実現するためには、自宅で人形を一人で作るという作業ばかりでなく、完璧な輸送、完璧なセッティング、完璧な展示、という、他の人の手にゆだねられなければいけない部分が多々あります。

 現在の日本では、「お人形を送れば展示してもらえるから会場に居なくても良い」という状況に、かなり近くなってきています。そのぐらい、日本では安心して表現できるし、展示して見て貰う事も出来ます。
 ですが、自分の作品を自分のメッセージどおり他人に伝えるというのは、もともと困難や誤解が付きまとうもので、その不便な状況は、寧ろ、日本ではもう味わえないものなのかも知れません。
 そのどのぐらい不便か?ということを、肌で感じてみたい、というのが、今回のポーランド行きの私の目標です。人形を無事に海外に送ること、それが無事に戻ってくるまで、日本とポーランド双方の、正しい梱包、作品への正しい理解と知識が求められます。

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