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知らない土地に出かける時には、予めその土地に関する情報を集め、ある程度予備知識を持って行くのが「常識」だ。・・・・と、私は思っていた。ところがどうもそうではないらしい。チベット旅行の帰国者の生の声が聞ける様になった。それを観ながら先ず感じたのは「常識」問題である。
これにはシナの侵略の歴史を伏せて、現在のチベットの明るい一面だけをPRしたメディアにも責任はある。その地がかつて略奪と虐殺の地であった事を知れば、或は旅行を取り止める人が居たかも知れない。
番組は、帰国した人の何人かにインタビューする形で行われていた。「見た事を他人に喋ってはいけない」と言ったのはシナの当局者だった。若し喋ればタダでは置かないと言う脅しだが、日本国内に居てもその脅しが効くという所に不気味さがある。一笑に付したいのだが、それが出来ないのは事実だ。
帰国者達は自前の映像を持ち帰っていた。素人が撮影したものでも新華社などの映像に比べれば余程マシである。ただ、昨夜報ステがこの映像を流した時、驚いたのはレジスタンスのチベット人の顔が鮮明に映し出されていた事である。普通この様な時は当局の弾圧に配慮して顔は映さない。事実ポーランド人の撮影した映像などはボケていた。
放映する場所が現地ではなく、遠く離れた日本だから心配ないと思っているとしたら間が抜けている。相手は「喋ったらタダではおかんぞ」と恫喝する国であり、実際エージェントはそこらへんをウロウロしているのだ。日本国内の放映であっても、それを録画して本国に送る事など誰でも出来る。
その様な危険性を配慮しなかったとすれば報ステのスタッフにはニュースを扱う資格がない。勘繰れば始めから承知の上でやっているのではないか。そう考えた方が却って辻褄が合う。
それにしても不思議なのは、これ程の人権弾圧に対し日本の全ての「革新」政党、「平和」団体、「人権擁護」団体が沈黙している事である。イラク問題では執拗に批判を続ける彼等が知らん顔をしているのは事件の経緯を知っている事を意味する。シナの肩を持ちたくても理由がなく、チベットの応援は出来ないというジレンマだ。
同時に日頃彼等の口にする言葉が如何に虚しいかを証明するものだ。少し古いが、当時の若い女流の作品にこういうのがある。
「汚れざる白き手を持つ君の言う革命は何時この国に来む」(三国玲子)
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